好きな働き方を見つけるために

ナナメドリのプロフィール

初めまして。

ナナメドリと申します。

生まれは愛知県、育ちも愛知県、現在は東京で派遣社員をやっています。

今はどこにでもいる派遣をしていますが、経歴を話すと、とてーも長くなるくらいの職を転々としてきました。

正社員であったり、アルバイトであったり、さまざまな形で雇われ、働いてきました。

そして、さまざまな土地で働いてきました。

都会も田舎も島も。

どうしてそんな生活に至ったのか。きっかけや、理由は?初めて会う人に、たくさんのことを聞かれます。

今の職場でも、なかなか私のような経歴を持っている人間は居ないのです。

ふつうに高校卒業して。

ふつうに大学入って。

アルバイトして。

サークル入って。

部活して。

就活して。

新卒で、会社に入る。

そんな当たり前のような人生を送っている人が、とても多いことに気づきました。

今まで、私の周りには、そういう当たり前の人生を送っている人が少なく、自分もふつうだと思って生きてきました。

「どうやら違う」

と気づいたのは、つい最近です。笑

これから、私の経験してきた世界に、一歩踏み出そうと思っている人。迷ってる人。そんな人の参考になれば嬉しいです。

ナナメドリ

愛知県出身。東京都在住。34歳。

専門学校時代から、ライブハウスで働き、照明職に就く。

ライブハウスや野外現場をこなし、受付事務を経て、転職。

やりたかったOLになりたいと思い、紹介予定派遣を経て正社員となる。

体調を崩し、またもや転職。書店で働く傍ら、カフェでも働くダブルワークのフリーターになる。

一人暮らしをしていたが、実家に戻り、窮屈になり、愛知を出る。

日本各地で、住み込みでリゾートバイトをする。

「30歳でリゾバ辞める宣言」後、東京のシェアハウスで暮らしながら、働いています。

ブログを立ち上げたきっかけ

ブログを始めた当初は「リゾートバイト」に特化するサイトにしよう!と思っていました。

最初のブログ名は「リゾバ旅生活.com」でした。

リゾバを経験して辛いことも楽しいこともあったけど、思い返せばすべて良い思い出なんです。

泣いたけど笑

リゾバをやらなくても良かったなんてことは1回も思ってません。

むしろ本当にやって良かったです。

それをリゾバをこれから始めようか迷ってる皆さんや、リゾバを経験してきた皆さんにとって、楽しんでもらいたいなと思いました。

リゾバの話を書いていたら、なんだかリゾバ以外の前職なども含めて参考になればいいなと思い書いています。

リゾバ以外の話も多くなってきたので、ブログ名を名前だった「ナナメドリ」に変更しました。

考えるのが面倒だったのと、ブログ名と名前一緒のほうが1個しか覚えなくて済むかなと。

よろしくお願いします。

趣味

パワースポット巡り

神社・仏閣が好きです。行きたいところや、自分の属性スポットのところへ行ってます。

パワースポットから派生?して、最近は占いをしています。

占いっていうだけで、めっちゃアヤシイ。笑

「四柱推命」を友人と独学で勉強していたら、命式が読めるようになってきました。

色々調べて身近な人を占ってたら、信憑性があると信じてしまっている人もいるくらいになりました。

関連記事【四柱推命】五行のバランスを安定させるためにすること

冷やしトマトの写真収集

居酒屋の定番メニューの「冷やしトマト」が好きです。

トマトを切って、出すだけの料理。

お店によって、塩だったりマヨネーズだったり、何かかかっていたりしますが、何もかけないトマトだけがいちばん好きです。

マンホールの写真収集

世界のマンホールの写真を集めています。

友人が以前より集めていて、各地を転々としているときに、友人に写真を送っているうちに、私もハマってしまいました。

日本のマンホールは、土地によって違うことを知っていましたか?上や前を見るのも楽しいですが、たまには下を向いて歩いてみましょう。

写真収集ばっかりだと、思われがちですが、旅も好きですし、読書や映画も、人並みに好きです。

旅に行けば、本屋に行って本を買い、カフェに入って読書する。日常することを、旅先でもしがちです。

幼少時代

私の家族構成は、父、母、祖母、妹二人で、三姉妹の長女です。

祖父は、小学生のときに亡くなりました。

田舎だったので三世代わいわいやっていました。

両親が自営業で共働きだったため、祖母に面倒を見てもらうことが多く、祖母がいないときは鍵っ子でした。

幸い姉妹で遊んだり、隣りにハトコが住んでいたり、一緒に遊ぶ友達は居ました。

ファミコンにハマったのと、逆さ睫毛で視力が急激に悪くなり、小学生からたまに眼鏡をかけていました。

参考ハードの充血に慣れてはいけない。視力が悪い人の悩みが止まらない問題と解決方法

中学生時代

おとなしい学生でした。

友達がいないというわけではありません。

仲がいい子に対しては喋るけど、クラスで目立つようなタイプではありません。

しかし、ヤンキー風な子たちからも話しかけられるような害のないタイプだったと思います。

ソフトボール部に中1の頃入ったのですが、視力が悪く、レフトでボールが飛んでくるのが見えなくてやめました。

中2からは、美術部で絵を描いたりしてました。

油絵は苦手だったので、主に静物画の模写を水彩で描いていた記憶しかありません。

美術部は、漫画やアニメ好きが多かったので影響され、この頃はオタクでした。

新世紀エヴァンゲリオンが流行っていた時期に、14歳だったのでハマるしかありませんよね。

アニメをたくさん観るようになり、ラジオも聴くようになりました。

アスカ役のみやむー宮村優子さんが好きで、友達と3人で名古屋のイベントに行ったこともあります。

かわいかった!笑

その友達と同人誌もどきを発行することになり、一冊100円で販売していました。

コミケなどには出ていませんが、友達のお手伝いをしたことはあります。

高校時代

まぁまぁオタクだった私は、高校に入るとまったく興味が違う方向に向きました。

それはエヴァンゲリオンの続きがなかなか公開されなかったこともありますが、音楽に夢中になっていました。

きっかけがまったく思い出せないけど、「SOPHIA」というバンドが好きになり、めちゃくちゃライブに行ってました。

好きすぎて、この頃SOPHIAのファンサイトを立ち上げていました。

この頃は、まだブログではなく日記ツールを自分のホームページに置いておくようなスタンスだったんです。

参考SOPHIAは売れないと言われたけど私が好きだった理由をとことん語る

ネットが普及してくると、音楽を違法でダウンロードできるようなソフトが流行りました。

インディーズの頃のBUMP OF CHICKENとか好きでしたね。「LAMP」とか。

ちなみに初めて買ったCDは、安室ちゃんの「Body Feels EXIT」です。

アムラーだったし、朋ちゃんやあゆも好きでしたね。

音楽も好きだと、高校生はよくカラオケに行くようになります。

友達が上手くて聞き惚れるくらいでした。(私は下手で、今練習中)

参考ヒトカラは歌が上手くなる?カラオケは一人カラオケがおすすめ!

この頃から、音楽漬け・ネット漬け・ライブ漬けで、勉強はまったくしていませんでした。

友達や彼氏の付き合いも含め、色々なライブに行きました。

  • SOPHIA
  • 19
  • Λucifer
  • スガシカオ
  • Mr.Children
  • スピッツ
  • 東京事変
  • クラムボン
  • Salyu
  • BENNIE K
  • Good Charlotte
  • Red Hot Chili Peppers
  • 松田聖子
  • RIP SLYME

ちょっとどうしても名前が思い出せない人もいました。ごめんなさい。

インディーズバンドは含んでないです。

ライブハウス時代

音楽系の専門学校へ通っていたときから、ライブハウスで働き始めました。

専門学校では、イベントプランナーコースというイベントを企画して作り上げて実際にイベントを開催するということを学んでいました。

授業では、「企画」「音響」「照明」「デザイン」などイベントに関することを勉強します。

その中でも、特に私は「照明」という舞台の灯りをつくる仕事がとても惹かれて、ハマってしまいました。

イベント内容や、演劇、ライブに合わせて、一から作っていくものはとても面白いなと感じました。

授業で教えてくださった講師の方の現場に、手伝いでついていくようになると、実際に現場の仕込みやピンスポットをやらせてもらえるようになりました。

徐々に経験を積み、既にライブハウスで働いていた専門学校の先輩たちと飲み会をする機会があったんです。

先輩が「うちのライブハウス募集してるから、来ない?」と軽い感じで誘われて、その気になった私は、さっそくライブハウスの店長に面接をお願いしました。

これは、もうコネですよね。

ライブハウス自体が、「バイト募集!」ということをあまりしていない時代でした。

ほとんどが専門学校に通っていた先輩後輩のコネだったり、別のライブハウスで働いていたり、といった人が多かったのです。

専門学校に通っていなくいきなり未経験で雇うということは、あまりしていなかったように思います。(現在はわかりません)

最近は、ライブハウスで働きたい!という人も少なくなったようで、ライブハウスのサイト自体に募集をかけているところも見かけます。

半年間、無給で修行。

これは、今の時代「訴えられる」案件じゃないかな?と思ってしまいます。笑

若かったからできたことでしょうし、10数年前だったから、許されたといっても過言ではありません。

専門学校に通いながら、週3は無給でライブハウスで仕込みの手伝いをしていました。

交通費ももちろん出ませんし、完全に丁稚奉公です。

今となっては、「よくやったよ、自分」って思います。

照明は、本当に難しくて「ピンスポット」という機械を操作するのも経験と慣れが必要です。

きれいに当てるのも、何回も練習しますし、歌っているボーカルの頭が切れてはいけません。

歌ってないときは、色をかけたり、明かりを切ったりします。

ギターソロが始まれば、ギターにピンスポを当てます。

身近だと、結婚式の新郎新婦入場のときに当たっている明かりですね。

ピンスポットができるようになると、今度は照明の仕込みを考えたりオペレーションを実際にします。

アーティストの曲のイメージに合わせて、ライトの位置や配色の仕込みを考えます。

そして実際に曲に合わせて、ステージの色を考えて、それを照明卓に記憶させます。

記憶させたものを、本番中は曲に合わせて、自分が操作するのです。

これも、また難しいんです。

ワンマンライブ2時間くらいを一人で考えてオペレーションできるようになるのは、大体丁稚奉公時代を含めて1年が過ぎた頃になります。

私は、今でも覚えていますが初めてワンマンライブを担当したのは、ビジュアル系のバンドでした。笑

イメージカラーも、そのバンドのバンド名に合わせて作ったのが忘れられません。

因みに、ピンスポットは、丁稚奉公時代が終わるころにワンマンライブを任せられます。

それができたら、やっとお給料が発生するという認定試験のような感じでした。

私が、初めてピンスポワンマンをした方は、今ではクスリで捕まってしまった方です…。汗

時代を感じますねー。w

それから、メジャーデビューしたバンドや、たくさんのアーティストの方の照明をやらせていただきした。

ちょうど万博が地元・愛知でありました。

その際も、外の現場や実際の万博会場で仕込みからオペレーションをやったり、色んな現場に関わることができました。

今では、良い思い出です。

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正社員OL時代

ライブハウスは、絶対25歳までに辞める。という決意をしていました。

どうしても体力の限界がくると思っていて、若いときにしか出来ない仕事だなと感じていました。

先輩を見ていても、大体30前後には辞めているといった方が多かったのです。

照明職から離れ、受付や事務もライブハウスでやるようになると、今度は転職願望がとても湧きました。

そしてとにかく「OLになりたい」と思っていました。

店長にも「私ぜったい25までには辞めたいです」と豪語していました。

そして、25になる歳の24歳の3月に辞めました。

一か月間は、違うバイトもしていたのでそのバイトをメインに働いていて、他に派遣会社に登録もしました。

 

そこで、ゆくゆくは正社員にもなってみたいと思い、「紹介予定派遣」を選び、仕事を紹介していただきました。

営業事務の仕事をすることになりました。

紹介予定派遣というのは、まず派遣期間はお互いを知るということで、何か月間かは派遣社員です。

その後、双方の了承が得られると正社員契約を結びます。

2ヶ月ほどで、社長とも面談し正式に正社員にしていただきました。

しかし、その会社は起業して1年ほどで、とてつもなく忙しい会社でした。

私が入った当初は、社長含め社員3人でまわしていました。しかし、お客様も増え、売り上げも上がり、どんどん急成長している会社でした。

一人一人の負担がとても大きく、事務ほぼ未経験の私が、目まぐるしい日々を送っていました。

残業も多く、今まで派遣期間は定時で上がれていたけど、社員になったら残業、残業、そしてみんな帰らないから、帰りづらい。

朝から夜まで、ずっと働きっぱなしです。

土日祝日も休みでしたが、たまに土曜出勤しないと仕事が追いつきません。

事務なのに?って思いますよね。

お客様の数が圧倒的にこなせない量だったんです。

とにかくめちゃくちゃ忙しく、私は睡眠第一主義で、毎日睡眠不足でした。

そして体調を壊してしまい、辞めることになってしまったんです。

給料は、やはりライブハウス時代の薄給よりは断然良く、こんなに貰えるんだと思っていました。

しかし、自分の体調と引換えです。体を壊しては、元気に働けませんよね。

自分自身を大事にしたいと思い、退職しました。

こんにちは。 派遣社員のナナメドリ(@nanamedori)です。 はい、本職は派遣で事務をしています。 リゾバも派遣ですが、...

好きなことで生きていきたいフリーター時代

正社員時代、本ばっかり買っていて通勤のお供はもっぱら文庫本でした。

書籍代にいくらお金をかけたでしょう。

何故か、図書館で借りるとたくさん借りてしまい期間内に読めないタイプで、どうしても自分のお金で本を購入してしまっていました。(何回も読まないくせに)

そんな本好きの私は、書店でアルバイトをしてみたくなり、さっそく応募しました。

即、受かりました。笑

書店バイトって、楽なイメージがありませんか?

ハタキでぱたぱた。そんな感じ。

現代ではそんなことはしません。いや、掃除はしますけどね…。

とにかく書店って想像以上に忙しいんです。

レジも忙しい。問い合わせも忙しい。棚出しも忙しい。発注も忙しい。

とにかく忙しいのです。

フリーターでしたので、早番も遅番もしていました。

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こんな忙しい書店員を2年やっていましたが、書店って薄給なんです。

好きの搾取なんです。好きでなければ。やりがいなんて感じられない。

昇給もありません。社員への道も遠い。交通費もなかった気がする。

こんなんじゃ、一人暮らし生活していけません。

スタバ

そしてダブルワークを始めました。そこで、よくカフェに行っていたので、カフェがいいなー。

書店の近くがいいなーと思い、探したのがスタバです。

「スタバで絶対働きたい」という大学生をよく見てきましたが、大学生でも何でもないフリーターでしたので、ただ生活費を稼ぐためと思って応募しました。

スタバはよく行ってましたが、コーヒーより紅茶の方が好きでしたね。以前、紅茶専門店でアルバイトもしていたこともあり、今度はコーヒーを究めてみようかな?という軽い気持ちでした。

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意外と入ってから知ったのですが、なかなかスタバの面接って狭き門だったようです。今では、店舗も増え人材不足ですから違うかもしれませんが。

喫茶店やカフェでは働いたことがあったのですが、スタバはチェーン店。

アメリカン。なんだか、今までのカフェとは比べ物にならないほど大変でした。

仕事はどれも慣れるまでが、本当に辛く大変です。

何度も挫折しそうになりましたし、バックヤードで泣きました。

自分が出来ないのがいけない。それが悔しいんです。

あの、コーリングと呼ばれるカタカナの呪文がすらすら言えるようになるまで、ちょっと慣れたかなぁって思うまで、半年くらいかかったと思います。

私は週2で時間も短かったので、覚えるのも上達するのも人より遅かったように思います。

慣れてから、本当に楽しくて、仲がいい子と働くのは本当に良い思い出ばっかりです。仲間に恵まれていたなぁと今でも思います。

このまま掛け持ちのダブルワークでいいんだろうか。

バイト生活をずっと続けていっていいんだろうか。

悩み始めます。書店もスタバもどっちも好きだけど、このままではいけない。

そんな風に感じ始めると、ひたすら転職したいと思うようになりました。

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転職したいけど、このまま地元にいても楽しくないし、何も変わらないんじゃないかなぁ。と考えるようになりました。

「変わりたい」

そう思って、私は旅立ちます。

この次の転職は、リゾバになります。笑

リゾバ生活で学んだこと、楽しかったこと、辛かったことは、今後記事にしていきますので、これからもよろしくお願いします。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

初めまして。ナナメドリ(@nanamedori)です。 私は、以前2年間リゾートバイトをしていました。リゾバ卒業したと思いきや、短...
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トレンドスタンダード・ナナメドリ

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