自己分析の話

私は自分のことを話すのが苦手だし聞かれることも嫌いだった、それは人見知りとは違う話

自分のことを話すのが苦手・ナナメドリ

私は、すぐ他人に心をひらかないし、話していても壁があるとよく言われる。

それは初対面で会ったばかりの人はもちろん、会って一ヶ月以上経っても言われる。

そもそも一ヶ月でどうやって仲良くなるんだろう?

だけど友達がいないわけでもない。

壮絶ないじめられた経験もない。

DVとか受けてないし、ダメ男にも引っかかっていない(はず)

私がずっと「自分のことを話すのが苦手だなぁ」と感じていた悩みを、書くという作業で整理してみました。

同じように思っている人が、少しでもすっきりしますように。

人見知りだけど人見知りだと思っていなかった

私はおとなしい子どもでした。

通知表に「明るく活発で授業でよく手を挙げています」なんて書かれたことありません。

勉強もできるほうではなかったし、勉強自体も好きじゃありませんでした。

かといって、運動も得意じゃない。短距離はふつうだし、長距離はおそい。

習っていた水泳もやめてからは、まったくしませんでした。

じゃあ、なにができるんだよって感じ。

小学生のときは、何か得意なことがないと目立てません。

目立ちたいわけではないけど、私って何も得意なことがないんだなぁと子どもなりに考えていました。

おとなしい子どもは、おとなしいなりに生きていくしかありません。

話しかけられたら話すし、男子と話すのも緊張していませんでした。

むしろ虫取りをいっしょにしていたくらい。

ただ、自分からは話しかけないし、「いっしょに遊ぼう」と誘うよりも、誘われる側。

人見知りとは自分で思ってなかったけど、人からみたら「人見知りっぽい」と思われていたに違いない。

私は、勝手にそう思い込んでいました。



中学生の頃「悩みなさそう」って言われてた

担任の先生に、言われた言葉を今でも覚えている。

いつも笑っていて、悩みなさそうだなぁ」という一言である。

悩みなさそうって、気軽に言った言葉かもしれないけど、誰にだって悩みのひとつくらいはあるもんだと思う。

大人になって「それって失礼な言葉じゃないのかな」と感じて以来、私は他人に「悩みなさそう」なんて絶対言わないようにしようと誓った。

自分と関わった人の人生を、自分の言葉なんかで傷つけたくないと、今こうしてブログを書いてても思います。

言葉は時に残酷で、武器になってしまう。

それは良い武器になるか、悪い武器になるか、使うあなた次第なのかもしれない。

友達に「恋愛話ぜんぜんしないよね」と言われた

「好きな人ができても、彼氏ができても、恋愛モードにぜんぜんならないよね」と言われたことがある。

確かに変わらない。彼氏がいるときは、彼氏がいる日常だし、彼氏がいないときもそれが日常。

自分を無理して変えず、デートのときは適度にがんばる。(今ならもっとがんばるかもしれない)

でも、自分からはわざわざ言わないけど、聞かれたらめちゃくちゃ話すと思う。

聞かれてもいないのに、話すのは少し照れるのかもしれない。

悩んでいても、悩みは自分のなかでモヤモヤしていて、人に話す段階のときはほとんど結論が出ている。

だから、単純に自分の悩みを相談できる人に憧れている。

残念ながら、私が恋愛話を自分からしないのは、これが理由かもしれない。

自分が好きで付き合っているのに、愚痴ばかり言う人が多くて、少々うんざりしているからだ。

「昨日旦那が、こうであーでさぁ、ほんとむかつく」みたいな話。

愚痴にも共感もするのだけど、そういう話はそんなに聞きたくなくて、できれば「昨日旦那が急にお花買ってきてくれて惚れ直しちゃった」みたいな惚気が聞きたい。

俺コミュ障なんでって言ってる大人をカッコわるいと思った

30代に入って、自分より年上の人に「俺、人見知りだしコミュ障なんで」っていう言い訳を最初にされたことがある。

本当の人見知りは接客なんてやってねーんだよと内心思ったけど(接客業の人でした)

しかも、人見知りって言っておきながら、めちゃくちゃ漫画貸してくれるし、レジでも喋ってくれるやんと思った。

結局は、自分が喋りたい人としか喋らないということなのかなと考えた。

「人見知りなんで」という言葉は「嫌いな人とは世間話もしたくない」という意味だったのかもしれない。

そして、それは本当に人見知りなのか?

私は考えていることをすぐに口に出して言えない

どこか完璧主義で、自分できちんと答えを出さないと口にしちゃいけないような気がした。

人と会う前には「こういう話がしたい」と考えないと喋れないし、会って別れてから一人反省会をする。

「この話もすればよかったし、こういうことも伝えておけばよかった」なんて。

だから、別に人見知りなんかじゃなくて、自分の話を伝えるのは口でいうより書いて伝えたほうがうまく伝わる。

私にとってテキストでやりとりするコミュニケーションは、画期的だった。

メールも、チャットも、SNSも、楽しかった。

最初に登録してみるけど、みんなやって流行ったら興味がなくなるけれど、テキストは考えてから伝えることができるのだ。

口に出したら、なかなかうまく表現できないことでも、ちゃんと考えてから表現できるテキストはとても私に合っていた。



自分のことを自分の言葉で話すのは時間がかかった

今でも、毎日喋ることを考えてから喋っている。無意識に。

こうやって聞こうかな、今いそがしくないかな、こういう言い方がいいかな。

考えている間に「だいじょうぶ?」と聞かれることもあった。

やっぱり時間がかかる。

人に聞かれてもすぐ答えられなかった

会話をポンポンとできる人、キャッチボールのはやい人は、感心する。

私からみたら豪速球にみえる。

頭の回転がはやいんだろうな。

私は、考えているわりに口に出す言葉はテキトーになっている。雰囲気だけで喋っている。

やっぱりすぐに答えられない。

でも人と話すのは好きで人の話を聞くのが面白い

フットワークが軽いとよく言われる。誘われたら断らなかった。

先約があったら断るけれど、やっぱり行きたくないかもしれないと思うけれど、行ったら楽しいのがわかっている。

自分のことを自分から話さないし、人から自分のことを聞かれるのも苦手なのに、どうしても人が嫌いになれない。

だから、みずから自分のことを喋ってくれる人は大好きで、私が知らないことをたくさん知っている人を素直に尊敬している。



これ全部内省のせいじゃない?と気づいた

このまとまっていないような文章も、私の考えた結果である。

とりあえず考えたことを書いた。

口にはすぐに出せないけど、書くことで浄化される気がした。

私はとにかく考えないと始まらない。

もうこれって私の才能だ。

その才能をあらためて感じたのは、ストレングスファインダーだった。

過去の私がいろんなモヤモヤと感じていたことが「内省」=「考えること」だとわかると、すばらしく思えた。

すぐに口に出して言わなくていい言葉もあるし、おしゃべりがうまい人にならなくてもいいんだと感じる。

私は、私で。考えまくったことを、どんどん消化してアウトプットしていくのが使命なんだ。

だから、まだ書きたいことが山ほどある。

自分の強みは活かしていかなくちゃ、もったいないと感じるくらいに。

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ナナメドリです。リゾートバイト、スタバ、書店、ライブハウス、大学事務など、20社以上の職歴をもつ転職人生ブロガー。「もう嫌いなことはしたくない」好きな働き方を見つけるために、毎日ゆるく生きています。